憎悪に富んだエントリ、注意。
もしかして共感できるひとなどいるのかもしれませんね。よかったら参考に。
1、目を覆いたくなるほどの無能
なにもできない。に関わらず他人のことは悪く評価する。子供として生まれて一度も尊敬に思ったことはない。出世しない。
2、他人のせいにする
自分は悪くないとばかり、原因は他人にあるといつも主張する。自分を曲げない。柔軟でない。屁理屈。非論理的。
3、理解しない
僕は自分が理解された覚えが無い。多分他の兄弟もそうだろう。誰もが層思っているかもしれない。自分の姿を正しく理解されない。それに常に不満を意識していた。
4、狂っている
どうやら精神病のようだ。僕が精神病という病気があることを知るずっと以前から母親はどこか狂っていた。明らかなうつ病的な症状はあったらしい。あまりに狂いすぎていて、それが普通なのかと誤解した。そんな親のもとで育てばどんな子供もおかしくなる。不可解。
6、感情的差別
あらゆるものを深く考えず表面的に捉え、自分に都合の良いように解釈する。感情的になり、自分より下だと思うものは徹底的に差別する。誰からも好かれない。没交渉。
7、非効率・無計画
もうどうしようもない。そもそもこんな生活になったのはすべてにおいて無能だからだろう。買い物も整頓も非効率無計画。
5、無謀に沢山の子供を生んだ
何を思ったか育てもられないのに子供をもとうと考えた。そこに生まれる子供がどんなに悲惨か想像すらできなかったのだろうか。いかにも深く考えずに子供が欲しいと思ったようなことを口にし、僕は強い反感を抱いた。にも関わらず、質の良い子供を欲しがる欲求は強い。この矛盾に殺してやろうかと思った。
8、以上に基づく数多くの理非的経験
このような母親だから子供は欲求不満になりいろいろなものを押し込めて育ってきた。家族の崩壊も、両親の離別もそもそも自分が原因なのに、それを知覚せず直そうとすらしない。
9、そしてそれを認めようとしないこと
自分は忙しいからといって子供の話を聞こうとしなかった。にも関わらず家の子供は無口だなどと他人事のようにいう。そもそもの元凶は誰だ。誰もが母親から離れて行った。認めようとしない、わからずや。詭弁家。フラストレーション。
10、沢山の子供をもったことを未だ後悔しないこと
僕はその後悔の言葉を聞きたい。自分が間違っていた、だからそれを認識した上で物事を解決したいと。しかしそのことについて未だ反省をしていないようだ。大家族のテレビ放送があると喜んで見ているし、くだらない海外の恋愛ドラマなどを好んで視聴している。あれだけ大きな代償を得たのに、まだ懲りないのか。大家族に生まれた子供からすれば大家族に生まれたことを一度も良かったと思ったことはないし、寧ろ不幸に思っている。親も状態だし、大家族の親は単に無計画で無知で馬鹿で占有欲が強くて、子供をモノ程度にしか考えていないことが多い。あんなに沢山の子供がいてどうしてひとりひとりに耳を傾けることができるのか。僕の家では無理だった。はじめからそういう知見がない親だったということもあり、次第にばらばらになった。
僕が聞きたいのは「こんな生活でごめんよ」なんかじゃなくて「生んでごめんよ」なのだ。そうだまずそこから認め訂正して欲しい。 別に高望みをするつもりはない、今までの満たされなかった欲求と混乱を改善したいだけだ。自分の過ちを認め、そしてはじめて協力して改善することができる。うやむやにせず、自分の過ちを素直に認めることがまず第一歩なのだろう。
育てて世話をしてもらったことは感謝ざるを得ない、しかし、生んだことを感謝するつもりはない。寧ろ反対の感情を抱く。 問題点を誤魔化して自分は悪くないとでもいうかのような態度をとると僕も毅然として許さない態度を取るしかない。ずっとそんな風にして生きていた。僕自身も人格に優れたわけではなかった。その原因に環境もあるだろうが、無条件に親を尊敬するなど無理なことだ。子沢山・子宝という表現には寧ろ親中心の見方で反感を感ぜずにはいられない。
見てみると母親は母親で大変な人生を送っているには違いが無い。寧ろ同情すべきかもしれない。母親がこういうふうに育ったのも何か理由があるのだろう。いずれにせよそこに生まれた子供からすれば嫌な親には違いが無い。 僕も少なからず影響を受けている。
(なぜ僕が教育や出生に関して口うるさいかわかるかもしれない。 )
追記:要するにいいたいのは、こんなに子供を多く持とうとしなければ、現在のような苦しい生活にはならなかっただろうし、本人も常に時間をとって学習できただろうという、そもそもの元凶は無計画に子供を持とうとするところ。「こんな暮らしでごめんね..」なんていうくらいなら、はじめからそれを全力で避け、表面的な謝りで済ませるようなことをするなといいたい。(これは一般に世界の乳児死亡率の高い貧困地域にも言える)子供を餓死させるくらいなら、はじめから生まなければいい。よい暮らしができないと分かっているなら生まなければいい。苦痛を受けるのは本人であり、生まされた子供でもある。 大家族は微笑ましいなどとテレビ番組で取り上げられることがあるが、当の子供からすればいい迷惑だろう。兄弟が多くて辛いことばかりだし、現に現代ではいろんな家庭と比較する術がある。あっちの家はひとりっこで大事に扱われ羨ましいなと学習も進まないながら思っている子供は沢山居るだろう。 また、障害についてもいいたい。生まれつき何らかの障害があるとすれば、本人にとっても家族にとっても迷惑だし、偽善的に子供を産む必要など無い。ちぎり紙で有名な山下清画伯は障害をもったとわかっていても生み育てた親と産婆を殺して自分も死のうとしたらしい。障害児を生むなど、なぜそんなデメリットばかりのことをするのか、当の本人からすれば疑問に過ぎすぎないのだ。偽善を嫌い、偽善の結果苦しむ羽目になった自分を憎み、世界を終わらせようとした。
何も考えず子供を生もうとするひとが多いようだが、子供というのはメリットばかりではない。自分にとっても子供にとってもリスクの大きい賭博となる。現に無謀にも子供を多く望んで上手く行かなかった親を見ていて、僕はなんだか矛盾を感じる。僕が生まれることを望んだわけではないし、親としては天才児でも生まれればいいなどとまず起こり得ないことを考えていたのも嘆かわしかった。 僕はそんな馬鹿な親が不憫だし、逆に可哀想にも思えてくる。頭が悪いためにいろんな面で不幸を被る。結婚も失敗だった。なぜ気づかない。恋愛の時点で間違っていたのだ。家族計画の破綻。家族の崩壊。世間知らず。 恋愛とか結婚とか、子供を持つことの難しさをもっと知ってもらえれば、世界はよくなるに違いない。大抵は本能的に感情的にやってしまうものだから、尚更嘆かわしい。
もし親が僕にオープンになって自分を語って助けてと助けを求めたら、僕はヒーローかのように助けてあげるだろう。まだどこかプライドのようなものを持って自分を固持するところがあるから、誰も共感できない。
お見苦しい点申し訳ありません。現実は醜いようです。
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