弱肉強食


久しぶりに携帯電話を使ってみた。これははっきり言って”ぼったくり”である。ちょっとしか使ってないのに高額な料金を請求されるうえ、店員の説明には不十分さをぬぐえず、時には悪質さを感じるうえ、知らない間に勝手に付加サービスに加入していたりと正にぼったくり的要素が満載である。無駄に契約に時間をかけるうえ、華やかな店内や盛大な広報を維持できるのはこういう要素があるからなのだろう。

また、文字を打つのも普通にPCの数十倍以上掛かるうえ、結局たいした情報を得られずに、豊富な機能も形だけという点ではぼったくりとしかいいようがない。しかし、世界に生きる多くのひとは文句に対応している時間がないため、結局泣き寝入りして受け入れるしかないようになっている。世の中は悪いことをする人間が勝つようになっている。ここでは情報量の格差というのも大きい。PCを使わない非デジタルなひとからすれば比較などできず、始めからそういう世界があるとも知らずただ状況を受け入れるしかないようになっている。

人間が文句を言ったり暴力に訴えかけるというのは当然のことのようにも思う。自分の思うことの正当性を表現しる手段や時間がないからそういうことをする選択肢しかないのだろう。言葉や理論など現場では実に弱く役立たない。常にごまかしがあり弱い者は虐げられている。だから人間は歪み戦争状態になるのだろう。そこにはどんな”基準”も通用しない。

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生活

 

Sanctification #1, VerseVisions Art; 1 Thessalonians 4:3 

生きるのは楽ではない。風呂にも入れず一日中肉体労働するひとも都会には沢山いる。生活に金がかかるため、”当然”程度の生活もできないひとが沢山いる。もしかすると彼らには選択枝がないのかもしれない。新聞奨学生のため朝早く起きて新聞配りに汗を流しまともに時間を取れないまま見知らぬ土地であくせくし、おしゃれも”清潔”も余裕とも程遠い世界で生きる人々。確かに彼らは身分的には充分ではないが、決して見下しの対象になるような人間ではないと思う。彼らは強い。人間の力はそういったところで判断されるものではない。

基本的に情報を得るということが困難なために、選択枝がなく効率とは程遠い生活を余儀なくされているひとたちがいる。今の私はインターネット環境がないがやはりそれはそれで困難である。批判も文句も効かない世界で、ただそれを容認するしかない世界。

数学ショートプログラム―大学への数学 (パワーアップシリーズ)数学ショートプログラム―大学への数学 (パワーアップシリーズ)

新課程スタンダード数学演習1・2A・B 受験編 2006年 (2006)新課程スタンダード数学演習1・2A

新課程オリジナル・スタンダード数学演習3C 受験編新課程オリジナル・スタンダード数学演習3C 受験編

大学への数学シリーズは基本的に良質である。

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プロローグ - 序章

Recall What God Remembers, VerseVisions Art; Jeremiah 2:2 

 

生活というのはそれだけでハードだということを感じる。東京に来て新たな世界を知った。今までの流れでは出会えないような境遇の人と出会えた。いずれ経験することになるのだろうけど、ドラマのような世界が本当にあるというのが驚きでもあった。いろいろと考えるところがあった。

私はこの企画で必ず成功する。自分の存在する沸々とするエネルギーを感じるし、それを与えられた。素晴らしい経験を与えてくれた相手の方に感謝をする。いろいろなことを知りすぎて、些細なことなどどうでもよくなった。何気ない暮らしが多くの情報を与えている。人間が沢山いるところではそれだけで多くの刺激に為りうる。この機会を最大限に利用したい。

 

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生きる力

 

What Am I Looking At? VerseVisions Art; Isaiah 45:22 

さて、明日は出発だ。東京に出て勉強生活を開始する。荷物を送ると部屋ががらんとする。少し物寂しいあの雰囲気。いつもより少し遠くの音が響く。部屋が片付いた。そんな状況だ。

私は力がない。第一やる気がない。それにはいろいろな理由があるが、物事をもう中途半端にしたくないというのがある。私は医師になろうと夢を抱いた。しかしそれはなかなか上手く行かず自分について考えた。思い悩むばかりで寧ろ選択枝がなくなった。行動はジレンマに抑制された。今の私が仕事で働いたとしてもあまりやる気がないだろう。こんな自分でいいのかと考える。夢の途中まで走っていたのでこんなところで別の方向に行きたくない。私は飽くまで医師になる人間であり、そうでないものは受け付けなかった。夢崩れの人生など生きている意味があるのか。私にとって人生とは運命へ抵抗。できそうもない夢を実現するために難しい人生を生きる。それが私に与えられたゲームだった。だからそうでないもの、道に外れるものは受け付けなかった。すべてが中途半端など嫌だ。何かひとつでも自分ならこれが誰にでも誇れるという絶対的なものが欲しい。器用貧乏のようにいろんなことに挑戦して結局全部半人前で終わるのは駄目だ。何かひとつでも世界的に優れたものになりたい。そのために、私は運命に抵抗する。

配送屋のおじさんは私の定義で頭良いとはいえないけど、彼は彼なりに力がある。きっと私以上に生命力が強く、皮一枚の状態で生きているのだろう。私はそういう仕事人のような元気は得られない。今の私はきっと新しい仕事を得ても厭世観ばかり浮かぶのだろう。私はそういう生き方を選ぶのではない、私は医師になると決めた。それが私の生きる道だ。達成しないまま脇見をしたくない。私は自分の決めたことを追い求めるだけだ。まだ勝負は終わっていない。

東京に行けば、インターネット環境がないのでブログも更新できないかもしれない。場合によってはモバイルから投稿することも可能なのでそちらから考えて見たいと思う。

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